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首里城公園
ながーくご無沙汰でございました。その間いろいろございまして、まあそのお話はぼちぼちさせていただくとして、久しぶりのブログ更新です。

んで、今回は息子といっしょに、14年ぶりの訪問となる沖縄・那覇にある首里城公園に行ってきました(^^)

守礼門
息子の後方にあるのは守礼門。本土では見かけなくなった二千円札に描かれていますね。

今回は別に観光に行ったわけではなく、学校の保護者懇談会が目的。ヤツもそろそろ2年次なれば就職や進学などをまじめに考えねばならない時期なわけです。親としてもちょっと気になるので来てみた次第。

とはいいつつもせっかくはるばる来たのだからまったく観光せんのもサビシイということで、2001年(当時息子はまだ5歳)に会社の労働組合の旅行でいっしょに訪れた首里城に行ってみようということになりました。当日は台風接近の影響で曇り、小雨が降ったりやんだりとあいにくの天気で観光客もまばら。妙に日本語以外が普通に飛び交う中(笑)、見学して参りました。

首里城は世界遺産に登録されたことでも知られており(正確には登録されたのは首里城)、沖縄を代表する観光スポットの一つです。有名な国際通りからも近く、ちょっとがんばれば歩いて行けなくもない距離にあります。建物そのものは戦災で破壊され、現在のものは1980年代以降に復元されたもの。それでも往時の琉球王朝の栄華を偲ぶには十分すぎる威容であり、訪れる人の多いことも納得できるところです。

今回も例のごとく時間ぎりぎりの強行軍で、行けたのは首里城公園の中でも首里城部分のみ。次はゆっくり、ほんとにリゾート気分で訪れたいものです。
| お出かけ | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
宴会
ども(^^)/ずいぶんとご無沙汰しております。

前回の更新からえらく間が開いてしまいました。10月に月食があり写真をいっぱい撮ったのですが、その中からいいのをブログにアップしようと画策しているうち、メインで使っているデスクトップパソコンが故障。仕方がないのでサブのモバイルパソコンを使い、代替のカスタマイズ機をネットで探しまわって注文(←実はパソコンは自分仕様機をネットで買うのが大好き)。

えらい散財だったワイと愚痴りながらも設定作業にいそしんでいたら、今度はサブ機も故障。こっちはODD(光学ディスクドライブ)の不調だったのでその交換だけですむかと思ったら、なんとOSにもエラーがあるとのことらしく、全データ消去のストレージ初期化というお定まりパターンで戻って参りました(ToT)

当然のことながらWindowsのアップデートから設定やりなおしとなり、両機ともまともに使えるようになったのがほんの数日前のこと。メイン機がハードディスク複数搭載タイプだったため写真やらメールやら大事なデータを失うことはなく、データの引っ越しもセカンダリ以降のハードディスクドライブを古いのから引っこ抜いて新しいのに差し込むだけ、というお手軽で済んだ点だけは助かりました(^^;)

さて、その見事に生き残った写真を見ていたら月食よりだいぶ前、遅い夏休みで帰ってきていた大学生の息子といっしょに馴染みの小料理屋さんに出かけて宴会してきたときの写真が目に止まったので、アップしました(^^)

ゼロ
ちゃっかりカウンターの中まで入ってカッコつけてるヤツら。仕事のジャマだっつうの(^^;)

この小料理さん、職場の先輩に紹介してもらってもう10年以上のお付き合いです。こういうところに小っちゃい子供連れで出かけるオヤジもどうかって話なんですが、こういったお店でのマナーを実践で学ぶのも悪くないかと思っているうちに子供たちまで馴染み客になってしまいました。本当は定休日なのに我が家だけの貸し切りで営業してもらった日も一度や二度ではなく、けっこうとんでもない客、であります(^^;)

| お出かけ | 22:28 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
海亀
理学部というと、個人的にはずーっと計算ばっかりやっているイメージがあるんですが、その理学部で学び中の我が息子、地学系ゆえ意外と実地に赴いての学習もしばしばらしく、どうやら今回は海洋調査のよう。ちょっとした島嶼部に宿泊研修に行ったようですが、その時の写真を送ってくれました(^^)

ウミガメ1
海亀さんです。人物と対比すれば分かりますが、コレ、大物(^^;)

このテの生き物、たいがい警戒心が強くて人間のニオイなぞ感じようものならとっとと逃げ去ってしまいそうな気がしますが、なんと普通に目の前まで近づいてくれたみたいです。人慣れしているのか、はたまた人間と初遭遇だったのか、写真を見る限り大胆にも警戒心など全くなし・・・(^^;)

まぁカメっちゅうと割と人なつっこい生き物みたいですけど、それは手足とアタマが甲羅の中に引っ込むリクガメ系(注:ウミガメ系は手足に相当する部分がヒレになっていて、甲羅の中に手足・アタマを引っ込めることができません)のカメばかりと思い込んでいましたが、そうでもなかったようです。やはり百聞は一見にしかず、ですなぁ。

ウミガメ2
ビミョーにこっち向いてます。カメラ目線かな?

それにしても海亀を間近い距離で見ることのできるような自然の残るこの地を、ほんの目の前にしながら暮らしている息子がうらやましいです。ワタクシがここに暮らしていた暁には・・・たぶん仕事もせんと年がら年中、自然を相手にカメラ抱えて走り回っていることでしょうねぇ(^_^;)
| お出かけ | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
日本海紀行
過日のことになりますが、仰々しく『紀行』っちゅうほどでもないんですが時間を見つけて久しぶりに日本海側まで行ってみました(^^)

瀬戸内海側から日本海側というと県境をまたぐイメージがあるんですが、実は兵庫県と山口県のみ、どっちにも面しています(九州も含めると福岡県も)。したがって今回は山口県をぐるっと半周、ということになりますな(^^;)

松下村塾
松下村塾。ここで維新の志士たちが松陰に師事した。

車を走らせること2時間あまり、到着したのは『萩市』。明治維新発祥の地として知られるここは、多くの志士たちを輩出した『松下村塾』があった地でもあります。安政の大獄で獄死した吉田松陰(よしだしょういん)をまつる松陰神社内には、松下村塾の建物が保存されています。意外なほど小さな建物なのですが、歴史の重さというものを感じさせるたたずまいです。ちなみにわが山口県内においては畏敬の念を込め『松陰先生』と呼ばれています。

松陰神社
松陰神社。平日のこの日も参拝客が少なからず。

これは松陰神社の本殿。実は同じ県内にいながらここを訪れるのはまだ2回目くらいだったりします。ちょこっと気合いを入れないとそうそう訪れない距離にあるこの地。そう思うと、わが故郷も結構広いんだな、という実感です。

なつみかん
かんきつ公園。夏みかんの白い花がとてもきれい。

さて、こちらは同じ萩市内は橋本川沿いの『田中別邸』そばにある『かんきつ公園』。ちょうどこの時期までは山口県の県花ともなっている夏みかんの花が楽しめます。かなり入り組んだところにあって訪れる人もまばらなのですが、それだけに落ち着いて堪能できる穴場スポットでもあります。ワタクシ、こういうところ大好きです。

ホルンフェルス横
断崖絶壁、須佐ホルンフェルス。この日は赤潮が発生中。

ホルンフェルス横
黒と白のしましま模様が美しい。

さて、こちらは萩からさらに日本海を島根県側に進むこと数十辧⊃楮艦僂量松 愎楮乾曠襯鵐侫Д襯溝臙燃魁戮任后C漏愀呂剖縮のない御仁にはただの地面の模様に過ぎないのですが、実はこれほどの規模の地層がナマで見られるのは貴重であり、さらにそれを間近で観察できるこの地は学術的にも意味のあるものなのです。

ホルンフェルスカメラバッグ
ホルンフェルスを背景に拝借。普通にオートで撮ったら露出オーバーになっちゃったので、RAWデータをもとに補正した一枚。

蛇足。せっかくの名勝地なので、風景写真だけでなくて小物撮影にもチャレンジ。今回の被写体には、そんなに気の利いたものは持ってきてなかったので、結局カメラとカメラバッグ…(^^;)
| お出かけ | 22:15 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
太宰府天満宮
この地を訪れるのは、かれこれ4年ぶりくらいでしょうか。前回は娘っこ連れでわが子供たちの学業成就祈願。…ついでに観光だったっけ(^^;)

太宰府天満宮
太宰府天満宮本殿。手前あるのはその神木とされる飛梅(とびうめ)の木。

平日ということで人出もまばらです。さらにシーズンオフ期のためか参道の土産物店も、休業や改装中のものがちらほら。駐車場も空いており、いちばん近くの公営駐車場の、これまた最寄りに止めることができました。しかしながら妙に気になるのは周りの観光客の方々。ヘンなイントネーションの方言だなと思って聞き耳を立てていたら、どう聞いても日本語にあらず。かの地の言葉はとんと存じませんが、どうやら中国や韓国の方々。菅原道真公の御利益は海を隔てた大陸にまで及ぶものかとワケの分からん感心をしつつ、九州という地が大陸に極めて近いという現実をも再認識させたのでした。

それはさておき、今回は同伴者なしのお気楽日帰りひとり旅です。来年は息子が大学、娘が高校のダブル受験生。せっかく本年最後のまともな休日にお出かけするならばということで、例によってカメラを抱えて撮影がてら合格祈願に参らせていただきました。合格祈願、というより勉強そっちのけでゲームだのネットだのやっている連中に、少なくとも努力するという気概を注入したい!と思っているワタクシにこそ、その教育力を、と念じたような気もしますが(T_T)

ひょうたん
奉納された無数のひょうたん。ひとつひとつに人々の熱い思いがこもっています。

実は今回、祈願というよりお礼参りという趣旨です。学業成就といえば息子が志望の進学高校に受かって間もなく無事に卒業を迎えますし、娘にしてもそれには及ばずとも中学校の学業に精を出してくれているようです。また前回訪れたとき、ネットで知り合った方のお嬢さんの合格もいっしょにお願いしたのですが、これまた見事合格。その時のお礼も兼ねています(^^)

最近では仕事がさらに煩雑さを増し、丸一日ゆっくり休みという日も少なくなってきました。職場と家の往復以外には近場ですらなかなか出かけることもできずにいますが、次にここを訪れることができる日が近いことを願いつつ、その時にはまたお礼が言えたらいいなと思っています。
| お出かけ | 20:19 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
角島大橋
山口県の北西のほぼ端っこ、旧豊北町(現在は下関市豊北町)の日本海に浮かぶ離島・角島(つのしま)と本土を結ぶ『角島大橋』を見に行って参りました。言ってしまえば単なる橋なんですけど、風光明媚な地に溶け込むような姿は、観光名所にもなっています(^^)

角島大橋
写真では分かりづらいですが海も本当にキレイ。まるで沖縄かどこかのようです。

写真の時刻はちょうどお昼過ぎ。真夏の太陽が照りつける中、橋を通る車が途切れる瞬間を待つこと実に2時間半。ようやく途中にある駐車帯に止まっている車以外が途切れた瞬間を撮影。いやー、やたら暑かったし待ちくたびれましたワイ。よく熱中症にならなかったものです。我ながら無謀というかアホというか(^^;)

この橋、ご覧の通り眺めがいいので車などのCMによく使われることでも知られています。しかしながら角島には古い石造りの『角島灯台』という観光名所があり、橋自体も観光名物であり生活道路でもあるためけっこうな交通量があって、その撮影には並々ならぬ苦労があるのだとか。天候が良くなければならないのはもちろん、ほかの車が映っちゃったら即NG、撮り直しの憂き目に(T_T)

そんなこんなで十数秒のシーンを撮影するのに数日を要することもしばしばだそうで、実際に『とりあえず走っている車がいなくなる瞬間』を待つだけでこの苦労ですから、CMやポスター写真のような本格的なヤツを撮ろうと思ったら…。ワタクシ、そんな根性ないです(爆

この日は晴天・真っ昼間の撮影のためのっぺりした写真になってしまったので、次はぜひとも夕景に挑戦してみたいと思います。
| お出かけ | 10:41 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
大道理の芝桜
隣町・周南市の大道理(おおどうり)という山村地区に芝桜で知られる景観地があるというので、出かけて参りました。ちなみに見頃は4月の下旬ごろまでとか(^^)

ちょっとした棚田が拡がるこの地、棚であるがゆえに田んぼの高いあぜを維持するのが大変です。それで、あぜを維持するのと景観よくするのをかねて芝桜を植えたところ、観光名物にもなってしまったという一石二鳥の取り組みなのです。これでずいぶんあぜ維持の省力化には役立っているらしいのですが、それにしてもこの規模、ちょっとやそっとでできることではないぞ・・・(^^;)

大道理の芝桜
菜の花の向こう、一面に拡がる芝桜。四月中旬の光景。

ご多分に漏れずこの地区も過疎化が進み若い人が減って大変なところ、それでも数軒の農家さんが集まって知恵を絞り、この取り組みを行っているそう。こうした取り組みがもっと大きな実を結び、もっと農業に関心を持つ人がひとりでも増えていってくれたらいいと思います。

大道理の芝桜は、旧・鹿野町(現・周南市鹿野)に向かう国道315号線から途中で国道376号線に入り、大道理小学校のすぐ近くにあります。周南市中心部からでは車で30分ほどの距離です。一般に『3桁の国道は狭くて走りにくいので[国道]ならぬ[酷道]』などともいいますが、そこは半ば無意味に道のいい山口県、その心配はご無用です(^^)
| お出かけ | 22:15 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
砕氷艦『しらせ』
前回に続いて艦船ネタです。まだ夏の名残があった9月のこと、お隣の周南市に南極観測船『しらせ』が寄港しました。南極観測基地『昭和基地』に物資や交代の観測隊員を送り届け、帰還する隊員や観測活動で発生する廃棄物を載せ帰るのが任務の、日本の南極観測を支えるため走り続けている艦です(^^)

しらせ艦首
艦首方向から見た砕氷艦『しらせ(2代)』。オレンジの船体に艦名とともに鮮やかに描かれているのは艦番『AGB-5003』の数字部分。艦橋の前にそびえる物資を積み卸しするクレーン装置に注目。写真左下に見える白服の人物は『しらせ』の機関長さん。

いちおう『南極観測船』とか『砕氷船』とかいわれていますが、実は最大級の海上自衛隊所属艦艇であり、観測隊員をのぞく乗組員は海上自衛隊員で、海賊対策などのため武器も積んでいることから『砕氷船』ではなく『砕氷艦』です。艦尾には日本の海上自衛隊所属であることを示す、かつては軍艦旗と呼ばれた旗『自衛艦旗』が誇らしげに海風にひるがえっています。

艦名の『しらせ』は日本人として初めて南極の地に足跡を残した『白瀬 矗(しらせ・のぶ:1861-1946年)』の名前からと思われがちですが、実はちょっとだけ違います。南極には白瀬の偉業をたたえてその名がつけられた『白瀬氷河』という氷河があるそうですが、そこからとられた名だそう。自衛隊の艦船には人名をつけないという決まりがあるためで、しかし艦名を公募したところ、白瀬 矗にちなむ『しらせ』の名が多かったということで、その由来を白瀬氷河とすることで規則を半ば無理矢理クリアしたという、苦労の命名なのです(^^;)

しらせヘリポート
『しらせ』艦尾に拡がるヘリポート。我が息子がジャマでよく見えませんが(笑)後方に見える格納庫に3機が格納できます。この日は艦内公開のための寄港ということで、ヘリはお留守。

近づいてみると、さすが荒れる南海をものともしない艦、けっこうな迫力です。それでも外洋航行をする艦船としてはそう巨大でもない12000t、140mほどの大きさ。4機のディーゼル主機から交流電動機を介して2本の主軸を駆動する出力は3万馬力。氷がなければ最大で時速19.5ノット(およそ時速36km)で航走でき、1メートルを超える厚さの氷があっても停止することなく連続砕氷しながら航行できる性能は、世界トップクラスのものです。

現『しらせ(2009年〜)』は日本の南極観測船としては『宗谷(4000t)』『ふじ(5200t)』『しらせ(初代・11000t)』に続く4代目です。当初は初代しらせを大きく上回る2万t級の計画だったそうですが、予算などの兼ね合いで現在の大きさに落ち着いたとか。また歴代観測船には例外なく高性能の輸送ヘリコプターが搭載されていますが、これはタロ・ジロの奇跡の生還で知られる、使役犬を置き去りにせざるを得なかったようなたぐいの悲劇を繰り返さないためでもあります。幸いなことに、そういった目的でヘリが使用されたことは今のところないそうですが(^^)
宗谷:(1938-1978年、南極観測船としては1956-1962年:記念艦として現存、東京・船の科学館にて公開中)
ふじ:(1965-1984年:記念艦として現存、名古屋港にて公開中)
しらせ【初代】:(1982-2008年:ウェザーニューズ社に売却後『SHIRASE』と改称、千葉・船橋港にて公開中)

しらせ艦尾
オレンジ色の鮮やかな船体色にも負けていない、深紅の旭日旗『自衛艦旗』はためく艦尾。

この日は艦内の一部も公開されていたので、一通り見学してみました。艦内には観測隊員たちの居室(訓練航海中なので、この時は空室)が並び、医務室や食堂などが備えられていたり、くるくる看板があったので中をのぞいてみると見事に床屋さんだったり。各装備は簡素でも数ヶ月にも及ぶ航海にも耐える機能が揃っています。見上げるほど高い艦橋に登って外を見れば海面がはるか下にあり、それでも荒天時には艦橋の窓さえ荒波に洗われるそうですので、想像するだけでコワい南極の海・・・(T_T)

我々には想像するしかないですが、『しらせ』を見学して南極という地に達するにはこれほどの装備が必要であり、そこがいかに過酷な環境であるか少しは理解できたような気がします。そこに物資や観測隊員を送り届ける人々や、南極にとどまって観測を続ける人々など、大変な仕事をしておられる方々の無事を祈らずにはいられない一日でした。
| お出かけ | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大和ミュージアム
すごーく久しぶりに愛媛県に出かけました。その帰り道、広島県呉市にある『呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)』に立ち寄ってきました(^^)

大和ミュージアムではちょうど特別展『客船の旅』が開催中。古くは大戦前に客船として建造されながら、戦争によって運命を狂わされて航空母艦『冲鷹(ちゅうよう)』に改造され、のちに戦いの中にその姿を没することとなる『新田丸』のお話から、現在の20万トンを超える超大型豪華客船まで、日本や世界の客船についての展示がされています。

特別展示室を出てから常設展示室へ入ると、入る前から見る気がなくても見えてしまうほど圧巻の展示物がひときわ目を引きます。それがこのミュージアムの主役、旧日本海軍の呉工廠(現在はIHIの造船所となっている)で建造された『軍艦大和』実物大10の1という超巨大模型です。ちなみに、よく『艦大和』といわれますが、もともと『戦艦』とは艦種分類上の名称。艦名として、正式には『艦大和』です。

大和
模型の『大和』艦尾方向から。その機能に徹した美しさ、まさに『人類が再び見る術を持たぬ、鋼鉄の芸術品』。ちょうど艦橋の前あたりが展示回廊の入り口。

『大和』は太平洋戦争開戦直後の昭和16年12月16日に就役しました。当時すでに戦いの花形は40km弱の射程しか持たない戦艦から、その10倍以上の距離を攻撃範囲に収める航空機へと移りつつあり、実際『大和』は目立った戦果を何もあげられぬまま、終戦が目前に迫る昭和20年4月7日、もはや帰趨の決した戦争を清算するかのように、わずかな護衛を伴って地上戦の始まった沖縄へ出撃、その途上、激闘のすえ多くの乗組員をその懐にいだいたまま海中へ没しました。まさに太平洋戦争の盛衰を象徴するような艦といえるでしょう。

また、艦砲として世界最大の45口径(※注1)18インチ(約46cm)砲を搭載するなど日本の造船技術の粋を集めた『大和』は、その存在自体が厳重に秘匿されていたことや、同型艦(※注2)を含めて完成が開戦後であり、戦争中に全艦喪失しているため写真などの残存資料も少なく、しかし悲惨な歴史の伝承として、その技術の平和伝承として、このように資料が集められているのはとても貴重なことだと思います。
(※注1)
口径=銃砲身の長さの単位で、銃砲弾の直径の何倍かで表す。短いと製造が容易で銃器も軽くなるが威力や射程、命中精度が落ち、長いほうが製造がより困難で重くなる代わり威力、射程、精度とも上がる。使途やコストの兼ね合いによって最適な長さが選ばれる。
(※注2)
・同型1番艦『大和(やまと)』昭和12年呉海軍工廠にて起工、同16年就役、同20年菊水1号作戦(いわゆる沖縄洋上特攻)において、九州南方にて戦没。
・同型2番艦『武蔵(むさし)』昭和13年三菱重工長崎造船所にて起工、同17年就役、同19年捷1号作戦(レイテ沖海戦)において、フィリピン・シブヤン海にて戦没。
・準同型艦『信濃(しなの)』昭和15年横須賀海軍工廠にて起工、いったん建造中断ののち同19年に航空母艦として未成状態で就役したが、その就役からわずか10日後、横須賀から瀬戸内海へ疎開の途中、アメリカ軍潜水艦の雷撃を受け紀伊半島沖にて沈没。同艦は第二次大戦中に就役した、世界最大の空母である。
・準同型艦『111号艦(仮称)』昭和15年呉海軍工廠にて起工、同17年に戦争激化のため建造中止、解体処分。


巨大模型をぐるりと回って隣の展示室に入ると、濃緑に日の丸がひときわ映える塗色の小型戦闘機が目に入ってきます。太平洋戦争全期にわたり日本海軍の主力機として活躍した『零式艦上戦闘機(※注)』の中でもほぼ最後期型にあたる、62型と呼ばれる機体の実機です(塗装も局地戦用の後期色)。三菱重工が機体設計を行い、中島飛行機(現在の富士重工:スバル)のエンジンを搭載し、就役当時としては世界最高水準の飛行能力と格闘能力を兼ねそなえた、日本航空技術の集大成とでもいうべき航空機でした。
(※注)
通称れいせん・ぜろせん。連合国軍はその高い格闘戦能力に敬意を込めて“ゼロ・ファイター”やドイツ語で勝利を意味する“ジーク”と呼んでいたとか。


零戦62型
零戦62型。かつて琵琶湖に沈んでいた機体を引き揚げたものだとか。プロペラの陰になっていますが、そこにあるのは零戦のエンジン、中島製の名機『栄31型発動機』。

造船技術はともかく、航空機技術は兵器製造に直結することから、日本は終戦とともに連合国軍によって航空機の設計・製造を封印され、かつて東洋一を誇った航空機技術はここに途絶えました。現在では一部の小型機に国産が存在するのみで、旅客機や戦闘機など大型機・高性能機は外国メーカーの設計した機体を輸入するか、そのライセンス生産を細々と行うだけになっています。兵器技術であるというだけで、誇るべき日本の技術が失われてしまったのは、とても残念なことです。

・・・なんか今回は長々とマニアックなお話になってしまいました。要するに言いたいのは、たとえ兵器という形ではあっても、それらは日本の誇る技術の結晶だということです(^^;)
| お出かけ | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
嘉年かかし祭り
例年のごとく、山口市阿東の嘉年(かね)地区で開催される『嘉年かかし祭り』を見に行って参りました。『祭り』といっても、手作り感満載の変わりかかしが並んでいるというだけなんですけど(^^;)

毎年7月の最終日曜日が祭りの開始だそうで、その初日にはオープニングイベントを行っているそうです。行ってみたいけど…まだ行ったことないです(T_T)

ノオリンピック
かかし祭りグランプリ『ノオ(農)リンピック』。オリンピック開催年ではありますし、シャレが効いています

これ、地区外の人限定の投票によるグランプリ作、『ノオ(農)リンピック』です。どれもオリンピックの正式競技かと思いきや、卓球の球がトマトだったり重量挙げが米俵だったりと、タイトル通り農家のパワー全開です(笑

この日はかかし祭りの最終日だったのですが、30分ほど眺め回っているうちにも何組か観客が訪れていました。失礼ながら田舎のマイナーイベントと思いきや、意外と盛況だったりします。ちゃーんと地域興しに一役買っているんですね。力作ぞろいはダテじゃないです。

ちなみにこの嘉年かかし祭り、『山口市阿東地域交流センター嘉年分館』が会場となっています。多くはないですが駐車場もあるので、国道沿いに面していることもありアクセスは便利です。…っちゅうても、周囲にはなーんもないですが(^^;)

で。

おまけです。

スイカツリー
かわいいスカイツリー?(^^)

今年は東京スカイツリー開業ということで、巨大な『嘉年ツリーかかし』(これはかかしとは呼べんような・汗)もありましたけど、これはスカイツリーじゃなくてスイカツリーだろっ!て突っ込みたくもなりますが、かわいいのでそこは気づかなかったことにしてあげるとしましょう(^^)
| お出かけ | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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